スピリチュアルライフコーチ鈴木哲也 オフィシャルサイト

人生が3倍輝く心の習慣

*

いじめる経験、いじめられる経験

   

今日は「いじめる経験、いじめられる経験」という
お話をさせていただきます。

個人によって程度の差はあるとは思いますが、
子供の頃に人からいじめられた、

からかわれたという経験は
1つや2つは思い出せると思います。

私がご相談をお受けするクライアントさんも
子供の頃にいじめを受けていたんですと、
そういう風におっしゃる方もいます。

もうすでにその子供の頃のいじめられた経験を
すっかり忘れていた、乗り越えたという方も
いらっしゃいますし、

なかには、大人になった今でも
その傷が深くて引きずっているという方も
いらっしゃいます。

自分がなぜいじめられたのだろうと
考えてしまいますと、そこで立ち止まって
前に進めなくなってしまうことがあります。

「なぜ私はいじめにあったのだろう」と
どんなに考えてみても、

ご自身にしっくりくる答えはそこには
なかったりします。

では、いじめられた経験から
学べることは「何だろう」と
考えてみますと、

本当の答えにより近づくことができます。

スピリチュアルな観点からは
出来事が起きた理由ではなくて、

その経験からどんな事を
学んだのかということを考えてみますと
しっくりくる答えに辿りつく事もあります。

どんな出来事からも必ず学ぶことがあるという言葉を
信じていただいてですね、

どうしてもいじめられた時の事を考えてしまうと、
自分をいじめた人を憎んだりとか、

感情が動いてしまって出来事の本当の意味が
見つけられなかったりします。

では、いじめられるという出来事の中には、
その人にとってどんな学びがあるのかと考えてみますと、

1番大きな学びとしては、人からいじめられると
どれほどイヤな気持ちになるかを身を
持って知ることができることです。

さらには、いつまでも自分がいじめられたという
被害者意識を抱えて人生を生きることは、

これからの人生を進んでいくにあたって、
幸せにならないことだと気がついて、

そして、人をゆるすということは
どういう事なのか?

人をゆるすことで、実は、自分の心が許される、
つまり、自分は被害者なんかじゃなかったと
気がつくこともできたりします。

何かあるといつもいじめられていたという過去を理由にして
立ち止まっていたけれど、本当はそうじゃないんだと・・・。

そして、そこに気がついて
被害者意識を手放して立ち上がって、

もう、私の中には被害者意識なない、
過去を振り返るのはやめて前に進もうと・・・。

いじめられたという経験をスピリチュアルな
観点で眺めてみますと、こういう見方もできますよね。

幼少期にいじめられたことをずっと
抱えて悲観した人生をおくるこもできますし、

同じように幼少期にいじめられたけれど、今はそこからがんばって
社会的に立派に成功している人はたくさんいます。

もちろん、人をいじめることは
良い事ではないのは事実です。

しかし、あなたが望んでも、望まなくても、世の中には
どうしても人をいじめる人がいるのも事実です。

それならば、そのいじめられたという経験を
どうやって乗り越えていくのか、

これこそがご自身が乗り越えるべき
人生の成長のテーマだったりします。

私も、幼少期は小さな借家で育ったので、そんな家を見て、
鈴木の家は貧乏だとかそんな風にいう人もいました。

さらには、小学校の頃は身体が弱くて、
貧血を繰り返し起こしていたので、
その事をからかう人もいました。

その事でセルフイメージが下がってしまって
自分はダメな人間なんだと思ってしまったことも何度もあります。

小学校の頃って、人に対して結構きつい言葉を
平気で言ったりするので、これは応えますよね。

では、今度は視点を変えて、
いじめた側からの視点で
出来事を眺めてみたいと思います。

実は、人をいじめていた人間も、
人をいじめたという経験から学ばなければ
ならないことがたくさんあります。

あの時は、人をいじめてしまったけれど、

自分の心の奥深くには満たされていないものや
恐れが存在していて、それを解消するために

自分よりも弱い人間を見つけていじめることで、
一時的に強い自分になったような気がしていた。

でもそれは本当は自分の心の中に
弱い自分がいるんだというのを
きちんと認めて自分と向き合うべきだったと、

でもその時は人間的に未熟だったために
その真実に気がつかなかったんだと・・・。

でも、今なら人をいじめてしまったことを
とても申し訳ないと心からそう思っている。

もし、過去に人をいじめてしまったかもと、
そんな事に気がつきましたら、

心の中で相手に謝って、相手の幸せを
祈ってあげることをするだけでも、

波動という意味では良い波動を相手に
届けてあげることができます。

人をいじめた人、いじめられた人。

出来事は無意味で無駄な出来事が
適当に起こる訳ではありません。

ちゃんと深い意味があって
その人に最適なタイミングで
出来事が届けられるようになっています。

その出来事に隠された本当の意味に
気がつくことができれば、

それは、人をいじめた人、いじめられた人。

その両方の人にとって
成長に繋がっていく深い経験になります。

出来事は人生のテーマを理解するための
機会が本人に届けられているだけなんですね。

幼少期にいじめられて、
たいへん辛い思いをしたけれど、
でも、そこから立ち上がって、

今度は、同じように子供の頃に
いじめられて苦しんでいる人を
手助けするお仕事をされる方もいらっしゃいます。

そのような意味合いから、
人からいじめられたという
一見マイナスと思えるような経験を
プラスに変換していくことで、

自分にも周りの人たちにも大きく貢献できることも
あるんだと、そう知っておいていだければと思います。

それでは、本日も楽しい1日をお過ごしください!

毎日1分読むだけで幸せになれる
ヒントを無料でお届けしています。
無料メルマガの登録はこちら

 - お知らせ, メルマガバックナンバー